【人生を楽しむ方法とは?】

【人生を楽しむ方法とは?】

人生を楽しむ方法は何でしょうか?

「幸せな人は知っている
『人生を楽しむ』ための30法則」
(著者 小林正観 フォレスト出版)

の中に、

『人生を楽しむための30の方法』

が載っているので、

ご紹介します。

①幸せという現象が存在するのは、
『私』が感じたときだけである

②正しいか正しくないかを基準に
人を怒ることはしない

③何が正しいかを問いかけるよりも、
自分がどう生きるかだけを考えて
生きるほうが楽しい

④温かさを投げかければ、
笑顔が返ってくる

⑤人生の前半は求め、
後半は執着を捨てる

⑥頼まれごとを笑顔でやって
人生を終えるのが、
私たちの使命

⑦感謝してやることをやれば、
次の役割が与えられてくる

⑧今の状況に文句を言わずに
黙々とやる人は、信頼させる

⑨肯定的な明るい言葉を言うほうが、
宇宙全体が味方になって得

⑩ハンディを持つ子を
肯定的に受け入れたとき、
福の神だとわかる

⑪すでにいただいている
たくさんのことにまず感謝すれば、
恵みが増える

⑫目の前の人やことを大事にすれば、
それだけで人生は成り立つ

⑬幸も不幸も、勝ち負けも、
成功失敗も、敵も味方も、
全部自分が決めている

⑭思うようにいかないことを
淡々と受け入れながら、
笑顔で生きていけるのが本当の強さ

⑮人の間で生きているから、
甘え合って生きていい

⑯ストレスを感じないようにすれば、
ストレス解消の必要もない

⑰楽しそうにしていると、
周りに伝わっていく

⑱笑顔でいれば、体型も若さを保ち、
周りの受けもよい

⑲体が痛い人は、
笑ったほうが得らしい

⑳すべての存在が
全部自分の味方だと思った瞬間から、
世界は一変する

㉑神さまに好かれていない人はいない

㉒10万回の生まれ変わりで、
『感謝』に向かう

㉓全部に感謝をすると、
宇宙や世の中が完全に変わる

㉔『楽しくて幸せな人生だったな』と、感謝できるかどうかが、
人生のテーマ

㉕感謝という眼鏡で見れば、
全部が感謝の対象になる

㉖『あなたはあなたのままでいい』と
子どもに言い続ければ、
自分も心穏やかに過ごせる

㉗『あなたが可愛くて仕方がない』と
接してくれた人が、
私たちの人生には必ずいる

㉘本当の幸せは自己達成ではなく、
温かくて愛情に満ちている人に
囲まれていること

㉙本当に居心地のよい世の中とは、
敵がいなくて、
皆が味方で生きる世界

㉚天国度100%とは、
良き仲間に囲まれていること

そもそも、

幸せの本質とは何でしょうか?

これについて、

本書の中に、こう書いてあります。

「幸せの本質はとても簡単です。

唯物論的に、

幸せという名の現象がどこにあるのか、

とずっと追い求めてきました。

でも、

何かを手に入れたら幸せになる、

ということではなく、

世の中に幸せという名の現象がどこにも存在していない。

たとえば目の前にバラの花やコップの水があれば、

まず100人ともその名前を認識するでしょう。

でも、

100人が100人とも『これが幸せ』といえる現象や事物、

出来事を持ってくることはできません。

そこに気づいたときはかなりショックでした。

でもそこで、

唯物論的に考えました。

幸せという名の現象が存在していないのに、

なぜ『幸せ』という言葉があるのだろうか。

辞書や私たちの日常生活の会話の中に言葉として存在しているのだろうか。

これも考えに考えた結果、

意外に簡単な結論になりました。

『幸せという名の現象があるからだ』

では、

歴史上にも地球上にも『幸せ』という名の現象が存在していないのに、

どこに幸せが存在しているのかというと、

私がこれを幸せだと思った瞬間に、

その人にとってのみ幸せな現象になるということなのです。

それなのになぜ、

私たちは幸せというものを感じにくくなったのでしょうか。

それは、

私たちは学校教育の中で、

比べ合うことしか教わらなかったからです。

比べ合う世界の中で、

自分が上のほうにいて、

他の人より抜きん出ることが幸せと思わされてきたからです。

人よりもたくさんお金をもらい、

大きな家に住み、

いい車に乗って⋯⋯というふうに思い込まされてきました。

競い合うこと、

比べ合うこと、

争うこと、

という価値観が自分の中から取り払われたとき初めて、

幸せは手に入ります。

これは、

観念論、精神論、人格論ではなく、

唯物論としての結論です。

幸せという名の現象が存在するのは、

『私』が感じたときだけ。

これが理解できた人は、

今、この瞬間に無限の幸せを手にすることができます。

自分の足で歩けること、

目が見えること、

人と話をしていて、

自分の耳で聞くことができて、

その話を理解ができることも幸せです。

幸せだ、

と思えばいくらでもそう思うことができます。

宝くじで大当たりする確率が100年に一度だとします。

幸運・ラッキーというのは、

実は私たちが決めるのですが、

その幸運を求めたときにそれが得られるのは100年に一度です。

10年に一度の幸運を求める人は10年に一度。

一年に一つ、

一ヶ月に一つの幸運⋯⋯というように決めることもできます。

毎日一つずつ幸せをみつけようと思えば年間365個の幸せが手に入ります。

でも一日は24時間あるのですから、

一日に24個幸せを感じてもよいのです。

自分が感じるだけだからです。

1時間は60分あるのですから、

1分間に一つずつ幸せを感じることができたら、

1時間に60個も幸せを味わえます。

一日に1440個です。

でももっと感じてもよい。

では一秒に一個、

一秒に10個でも感じることができるのではないでしょうか。

目でものが見える幸せ、

耳が聞こえる幸せ、

言葉が発せられる幸せ、

ものが食べられる幸せ、

手で何かをつかめる幸せ、

家族のいる幸せ⋯⋯。

このように、

いつも自分が幸せと感じられることを10個や20個、

自分で箇条書きにしてみるとよいと思います。

そうすると毎秒毎秒、

幸せを感じることができます。

『私』が、

幸せを感じられるかどうかです。

幸せという名の現象は存在しない。

『私』がそう思ったときに初めて誕生します。

(中略)

ところで、

500年ほど前の人物でたった一人だけ『これが幸せ』と言える人が思い浮かびます。

100人が『幸せ』と言えるかもしれない、

その現象を提示する歴史上の人物、

それは安土桃山時代の茶人、

千利休です。

千利休ならにっこり笑って、

こう言うかもしれません。

『一杯のお茶が(全宇宙の)幸せである』

千利休が言っていたことというのは、

『一杯の温かいお茶に万感の思いを込めて、その幸せを味わいなさい』

ということでした。

本当にその心がわかったら、

温かい一杯のお茶が幸せなのだ、

幸せはそこにあるのだ、

ということが実感できるようになるでしょう。」(14頁〜18頁)

幸せは外にあるのではなくて、

己の内界にあります。

自分がすでに幸せであると気づけば、

誰が何と言おうと幸せなんです。

今、恵まれていることに気づいて、

感謝をして生きる。

幸せというのは、

求めて得られるものではなくて、

感じた人にのみ発生するものです。

目が見えること、

耳が聞こえること、

歩けること、

ものが持てること、

食事ができること、

匂いがわかること、

味がわかること、

当たり前だと思っていることに感謝することができれば、

幸せに満ちていることに気づく。

『あなたが幸せを探し求めることをやめて、

幸せをすでに手にしていることを知ることが、

永続的な幸せへの鍵です。

もしあなたが幸せを探し求めるならば、

一生見つけることはないでしょう。

あなたが、

幸せはその角を曲がったらあると考えているならば、

あなたは角を曲がりつづけるだけで、

ついぞ幸せを手にすることはないでしょう。

幸せへの本当の鍵は、

ポジティブさやネガティブさを超えた知性の場で暮らし、

遊ぶことなのです。

その場はあなたの源で、

魔法のようでいて、

神聖で、

喜びに満ちていて、

自由です。』
(ディーパック・チョプラ)

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