【無畏施とは?】

【無畏施とは?】

『無畏施』とは、

六波羅蜜(菩薩が行うべき六つの実践徳目)の布施行の一つです。

『すべての人に畏怖の念がないようにさせること。

衆生から怖れや不安を取り除いてあげること』

です。

布施行には他に、

財施(金品や衣食などの物資を与えること)

法施(教えを説き示すこと)

眼施(柔和な目)

顔施(気嫌よい顔)

言施(温かい言葉)

身施(仕事お手伝い)

心施(他の善事賞讃)

座施(与える敷物)

舎施(座敷を用立て貸す)

等があります。

布施行について、

『六波羅蜜のはなし』
(原作 ひろさちや 漫画 森村たつお 鈴木出版)

の中に、こう書いてあります。

「真の布施とは

相手のためにするのではなく

自分のためにするのじゃ

(中略)

させていただくのじゃよ

その気持があってはじめて

ほんとうの布施ができる

お釈迦さまはその前世において

自分のいちばんたいせつなものを

捨ててまで布施の修行を

されたと言われる

われわれにはとても

そこまではできん

しかし

できないから

それでいい・・・・と

いうわけではない

われわれはそこまで

できないことを自覚して

布施を常に心がけていくことが

大事なのじゃ

ほんとうの布施をするためには

まず

こだわりをなくすことじゃ

おれがおまえに

施してやるんだから

おまえはおれに感謝しろ

そんな気持ちでは

いつまでたっても

ほんとうの布施はできぬ

布施とは

捨てることじゃ

自分のもっているものを捨てさせて
いただくことじゃ

自分が捨てたものを

後はどうしようが

他人におまかせする

そういう気持ちでするのが布施じゃ

そして布施するときには

心をスッカラカンにすることじゃ

布施を受けていただいて

ありがとうという

気持ちをもてばいいのじゃよ

(中略)

布施行は

ただ人にものを

あたえればよいというものではない

真の布施となるためには

次の三つを忘れてはならん

布施をする側に

施してやるという

おごりがあってはならぬ

同じように

布施された側も

相手に恩義を感じているようではいかん

そして

布施する品は

ぬすんだものであってはならぬ

この三つがそろわねばならんのじゃ

(中略)

相手に恵んでやるんだ

という思い上がった気持ちや

感謝のことばを相手に求めたりする気持ちが少しでもあると

それは布施にはならない

布施とは

本来させていただくもの

布施をさせていただいたら

感謝の気持ちをもつべきなんじゃ

こういう気持ちがないと

ほんとうの布施はできない

(中略)

せちがらいこの世の中

わしらは笑顔というものを忘れておる

自分じゃ気がつかんが

イライラしたり

クヨクヨしたり・・・・

そんな心が顔に出て

ことばに表れる

(中略)

いいかい

和顔とは柔和な顔のこと

つまり

笑顔じゃ

そして

愛語とは

やさしいことば

思いやりのことばのことじゃ

笑顔の布施と

ことばの布施

これが

和顔愛語じゃ

これなら

だれにでもできる

(中略)

例えばじゃ

寝たきりの病人であっても

看護してくれる人に

笑顔を布施して

ありがとうのことばを

布施することはできる

赤ん坊は

いつもにこにこと笑っているが

あれはほとけさまが

赤ん坊には

布施する財産がないからと

あたえられた

笑顔という

布施なのじゃ

われわれは

おとなになると

笑顔をなくして

仏頂面をする

(中略)

こんな世の中でも

やさしいことばの

一つでもかけ合えば

ずいぶんちがってくる

とは思わんか

(中略)

夫婦の間でも

そうじゃよ

おたがいに

やさしさと

いたわりをもって接すれば

そうけんかも起こらんじゃろう

(中略)

そうじゃ 

みんなが

和顔愛語でくらしていけば

この世の中も

もう少し

住みやすくなるし

さとりの

世界にも

少し近づくのじゃよ」(42頁〜58頁)

私たちは本来、

この世で悟りを開くべく修行を積んでいる菩薩ではないでしょうか。

悟りゲームを楽しんでいる存在なのかもしれません。

煩悩を解脱し、

悟りを開くべく、

共に菩薩道を歩みましょう❗️

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