【奇跡の人ヘレン・ケラーとは?】

【奇跡の人ヘレン・ケラーとは?】

奇跡の人ヘレン・ケラーは、

どんな人だったのでしょうか?

知ってるようで知らないヘレン・ケラーの逸話が、

『楽天主義』 
(著者 ヘレン・ケラー 監訳 岡 文正 イーハトーヴフロンティア)

の “まえがき” に載っているのでご紹介します。

「かつて一人の非凡な少女がいた。

生まれて一年九ヵ月後、

突如襲った病魔により、

見えず、

聞こえず、

話せずという障害を受けてしまった。

想像してほしい。

音のない暗黒の世界に閉じ込められ、

しかも口もきけない境遇に陥った自分の姿を。

私だったら長ずるにつれ、

恐怖と絶望のあまり生きる力を失ってしまうであろう。

しかし彼女は、

雄々しくも自らの過酷な運命を克服したばかりか、

盲人の自立を促す社会活動を行い、

障害者の福祉に生涯を捧げたのである。

その人の名はヘレン・ケラー。

彼女は三重苦の聖女といわれた。

二十世紀に活躍した偉大な女性である。

(中略)

ヘレン・ケラーは1880年、

アメリカのアラバマ州で生まれた。

ケラー家はスイスからの移住者の子孫である。

祖父の時代にアラバマに広大な農地を購入し、

そこに定住した。

父親は南北戦争に大尉として従軍したことがあるが、

教養のある温厚な人物で、

母親も優しい性格の持ち主であった。

ヘレンが盲(もう)・聾(ろう)・唖(あ)の障害を持ち、

自分の意思を人に伝えることができず、

癇癪(かんしゃく)を起こして泣きわめいて暴れることがあっても、

いつも優しく受け止めてくれたのは母であった。

母の膝の上に抱かれるとヘレンの発作は治まり、

安らぎの心に包まれた。

両親はこのような彼女に深い愛情で、

年齢にふさわしい教育を受けさせようと努力した。

その結果、

グラハム・ベル氏(アメリカの物理学者。電話の発明者として有名だが聾唖者の教育にも力を尽くした)などの尽力により、

ヘレンがまもなく七歳になろうというとき、

盲人教育経験のあるアン・サリバンを家庭教師として迎え入れることができたのである。

サリバン先生は根気よく、

真心を込めてヘレンに言葉を教え、

考える力を与え、

この世のすばらしさを説き明かした。

ヘレンは元来、

負けず嫌いで好奇心の強い活発な子どもであった。

旺盛な知識欲と先生の適切な指導により、

外界の事物を次々に理解し、

吸収していった。

やがてサリバン先生は、

ヘレンに内在する天賦の才を見いだし、

その教育に一生を捧げて、

生涯をヘレンとともに過ごすことになったのである。

二人は、

好んで庭や森に出掛け、

自然の風物に接した。

そこには無数の草花が咲き乱れて甘い香りを放ち、

蜂や蝶、小鳥が舞い、

リスなどの小動物が戯れていた。

ヘレンは彼らから生命の美しさを学んだ。

実物教育を受けることにより、

ヘレンの胸に、

それら一つひとつのものがこの世に存在する意味が深く刻み込まれていった。

こうして生きとし生けるものがその生を謳歌し、

また一生懸命生きていることを悟ったとき、

すべての生命を慈しむ心がヘレンのなかに強く芽生えた。

その心は、

成長するにしたがって人類への愛につながり、

とくに、

社会的弱者である障害者や貧困者へのかぎりない同情へと発展したのであった。

当時、

点字はすでに開発されており、

アルファベットを浮き上がらせる印刷やタイプライターも発明されていた。

しかもアメリカでは有志の手により、

かなりの点字本や盲人用印刷物が図書館に備えられていて、

ヘレンの知的欲求を満たしてくれた。

彼女はライト・ハマソン聾唖学校で、

発声法や読唇法のほかにドイツ語やフランス語などを学び、

その後、

普通の人と同じ教育を受けたいと強く希望して、

ケンブリッジ女学校に進んだ。

さらに、

ラドクリフ・カレッジ(ハーバード大学の女子部)で幅広い教養を身につけたのである。

彼女はより高い自分をめざして絶えず勉学するとともに、

思索にふけって貪欲に知識を吸収し、

広い視野と見識を身につけた。

彼女は次のように述べている。

『知識は愛であり、光である。
そして無限の想像力の源泉である』

彼女の賢明さは、

吸収した知識を咀嚼(そしゃく)し、

自分の思想を深化させていったことである。

また、

ヘレンの人類すべてに注ぐ愛は、

太陽の光の届かないスラム街で、

着るものも食べるものもない貧しい生活を送っている人たちや、

盲目などの障害のために自立できないでいる人々の救済と励ましに、

生涯を捧げる決意を固めさせることになった。

ヘレンには、

世間でいわれているような、

三重苦を背負っているという苦の観念はない。

むしろ、

生きているということの幸福感に満ちているのである。

ヘレンがまだ若いころ、

メーテルリンク夫人(ベルギーの作家。名作『青い鳥』など)がヘレンに尋ねた。

『あなたは、ほんとうに自分が幸福だと思っていますか』

ヘレンはためらうことなく、

きっぱりと答えた。

『私は心の底から幸福だと思っています。

もし幸福でなかったなら、
私のこれまでの人生は無意味ですから、
この場で短剣で胸を刺すでしょう』

これを聞いた夫人は、

ヘレンをひしと抱きしめ、

『あなたはほんとうに青い鳥を探し出してくれました』

と感涙にむせんで言ったという。

ヘレンとほぼ同時代の日本の文芸評論家小林秀雄は、

こんな言葉を残している。

『人生の深淵を覗いて、
ニーチェは大声でわめき、
ランボーは静かに引き返した』
(ニーチェはドイツの哲学者、ランボーはフランスの天才詩人。ともに人間の悪徳をのろい、生を受けたことの悲劇を説く)

もしヘレンだったら、

こう述べたであろう。

『人生の深淵を覗き、
さらにその奥深く、
神の善の世界があることを知り、
幸福と歓喜に打ち震えた』

と。

未来に用意された、

光に包まれたバラ色の善の世界。

その存在を確信するがゆえに、

ヘレンはその人生を幸福に満たされて精一杯に生き、

その希望を人々に与えて生涯を送った。」(4頁〜11頁)

ヘレン・ケラーは、

OPTIMISM(オプティミズム)を説きました。

オプティミズムは『最善観』と訳すことができます。

『神はこの世界を最善に創り給うた。

この世界は、
神の考え得るあらゆる世界のうちで、
最上のプランによって創られたと見なす立場』

です。

したがって、

この世における様々なよからぬこと、

思わしくないことも、

神の全知の眼から見れば、

それぞれに意味があるということです。

絶対肯定

絶対感謝

絶対幸福の境地に到達できるかどうか、

天から問われています。

「不幸せの極みにあるとき、
自分にはすべきことがあるのだと
信じなさい。

誰かの苦悩を
和らげてあげられるかぎり、
人生は無駄とはならない」 
(ヘレン・ケラー)

「悲しみと苦痛はやがて、
『人のために尽くす心』という
美しい花を咲かせる土壌だと考えよう。

心を優しく持ち、
耐え抜くことを学ぼう。

強い心で生きるために」
(ヘレン・ケラー) 

(推薦図書)
『楽天主義』 
(著者 ヘレン・ケラー 監訳 岡 文正 イーハトーヴフロンティア)
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