【人生は修行なのか?】

【人生は修行なのか?】

この世は、

魂の修行の場なのでしょうか?

それとも、

人生は、

楽しむためにあるのでしょうか?

これについて、

ヒントを与えてくれる話が、

『神さまに好かれる話』
(著者 小林正観 三笠書房)

の中に載っているので御紹介します。

「ある方から、

『この世は修行の場なのですね。

ある人の話を聞いて、
修行の場だということを知りましたが、
この世では我慢や忍耐をして生きていかなければならないのですね。

それが【この世は修行】という意味なのですね』

という質問を受けました。

そのように『この世は修行の場』であるととらえてもかまいませんが、

現象というものは、

自分のとらえ方によってどのように見えるかが変わってきます。

宇宙は、

この世(私たちの人生の場)を『修行の場』というふうに設定しているわけではありません。

すべてゼロ(中立=ニュートラル)なのです。

物事をとらえる力を『認識力』という言葉で言い表すと、

認識力が上がってくるにしたがって三つの段階を踏むように思います。

第一段階は

『この世が修行の場である』

という認識です。

目の前の現象の一つひとつが『私』を修行させるために存在しており、

そのためにいろいろな現象を起こしているのだと考えることで、

問題を乗り越えたり、

気持ちがラクになったり、

生きるのがラクになったりする人がいるのであれば、

そうとらえてもかまわないと思います。

ただ、

この世は『修行の場』として設定してあるわけではありません。

第二段階としては、

同じ現象を目の前にしたとき、

『実はこの世は喜びの場なのではないか』

ととらえることです。

しかし、

この認識力では、

100点満点の66点です。

まだ認識力が一番深まったとは言えません。

100点満点の99点、

あるいは100点まで到達する第三段階というのは、

『この世は修行の場でもなく、
喜びや幸せの場でもなく、
実は感謝の場である』

ということに気がつくことです。

例えば、

自分の会社が倒産し、

職を失ったとします。

その場合に、

『自分はこういう状況に耐えて我慢し続けることで人生上の修行をしている。
ここで耐えなければ意味がないではないか』

と考える人がいてもおかしくありません。

しかし、

そのように考えている間は、

その現象は自分にとって辛いものになります。

認識力が深まると、

このように考えることができます。

『もしかすると、この現象は私にとって、喜びなのではないか』

と。

意志の強い人は自分から会社を辞めることができますが、

心の優しい人ほど、

今いる会社と縁を切って辞めていくことができません。

『あなたは本来、そういう会社でそういう仕事をしている場合ではないのですよ』

という宇宙の意思がある場合、

生まれる前にそういうようにシナリオを書いて、

会社を辞めざるを得ないような状況が設定されています。

それが見えてきたとき、

『ああ、私は前の会社を辞めて今の仕事をすることになっていたのだな。
しかも、今の仕事のほうが自分にとってはとても嬉しく、楽しく、幸せなことだ』

と思うことができます。

同じ現象について、

第一段階では辛く悲しいことを我慢するという立場でした。

第二段階では、

これが自分にとって喜びであり、

幸せに思えるいうものでした。

そして、

認識力の一番奥にある第三段階の考え方は

『この世は感謝の場なのではないか』

というものです。

会社が倒産して職を失い、

新しい仕事を探さざるを得なくなった結果として、

天命・天職というものに出会うことがあります。

そして、

『もし、このまま会社が存続していたなら、自分は決してこの仕事を始めることがなかったであろう』

と思えるようになったとき、

世の中が『感謝の場』に変わります。

現象は何も変わっておらず、

まったく同じことが起きているのに、

その現象を、

認識力の第一段階では『修行の場』としてとらえ、

第二段階では『喜びの場』ととらえ、

そして第三段階では『感謝の場』と、

とらえています。

何度も同じ話を繰り返しますが、

『感謝の場だととらえなさい』

あるいは

『感謝の場だととらえるべきだ』

と言っているのではありません。

この世を『忍耐の場』だと考えることでラクになり、

楽しく生きられるならば、

それで良いのです。

しかし、

『修行の場』だと思うよりも『喜びの場』だと思うことでより楽しくラクに生きられるのなら、

そのように認識すれば良いということです。

さらに、

『喜びの場』どころではなく

『実は感謝すべきものに満ちている。
この世は感謝ばかりではないか』

ととらえることで自分がラクになるのであれば、

そのようにとらえても良いと思います。

現象は『ゼロ』。

中立で色がついていません。

それについて『修行の場』だととらえることも自由です。

自由とは『自らに由る』と書きます。

自分のとらえ方、

認識力がこの世の現象を決めるのです。」(207頁〜211頁)

どう考えるかは、

あなたの自由です。

人の数だけ考え方があり、

考え方の数だけ生き方があります。

いつも感謝の念を持ち、

順境も逆境も両方楽しんで、

それが学びとなり、修行となり、

結果的に魂が成長すれば最高ですね。

『何が起こったか。
それが、我々の人生を分けるのではない。
起こったことを、どう解釈するか。
それが、我々の人生を分ける』
(田坂広志)

「一人でいるときは『感謝』をして、
誰かといるときは『笑って過ごす』。

両方できる人は、
笑いながら感謝をしていくことをお勧めします」(小林正観)

(推薦図書)
『神さまに好かれる話』
(著者 小林正観 三笠書房)
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